会いにきた親友
作:松橋翔太
─あなたの親友は、誰ですか?
─最後に会いたいのは、誰ですか?
・・・大切なものは、失ってから初めて気づく。
この話を、自分の大切な親友と置き換えて読んでみてください──
「あ~暑い暑い」
彼は25歳のサラリーマン。稼ぎはそこそこだし、今の自分や環境に何ら文句はない。仕事に一区切りがついて、屋上の休憩所のベンチで眩しい夏の空をボーっと見て、休んでいるだけだった。
「よぉ!翔」
そう問いかけてきたのは、同僚の佐上。
「俺も仕事ひと段落ついたよー。あーあ疲れた。お前はどうよ?」
「あー・・・まぁ、普通ってトコかな」
「そうか。・・・しっかしよー、うちらの上司はずるいよなぁ。俺達に仕事押し付けておいて自分達は声上げて笑ってるもんなぁ」
「ふん、まぁな。いいさ、そのうち俺らが上に行けば」
「いつになるかは知らねぇがな。あっ、そうだ。俺な、高校の頃のクラスメートと同窓会やるんだよ、久しぶりだなぁ。翔お前は、同窓会とかやったのか?」
・ ・・そう。俺は、高校時代を思い出した。それは、今の自分と違って、余裕があって毎日が楽しい日々だった。
「なぁ、翔太」
「ん?なに」
「・・・あやっぱり何でもないや」
「え?何だよ」
あの時、言おうとした言葉、言えなかったなぁ。お互い雰囲気的に分かっていたはずなんだけど、言えなかった。今なら、あの時俺達は親友だったよな!!とか言って笑って言えるのになぁ。なんでも過去になれば、あの時は・・・とかいくらでも言える。
佐上の、同窓会という言葉を聞いて、俺はみんなではなくて、翔太に会いに行きたくなった。翔太は、今何やってるんだろ、元気かな、もう奥さんいるのかな・・・なんて考えちゃって。
翔は、帰宅後、押入れの奥から引っ張り出した、卒業アルバムの名簿から翔太の名前を見つけ出し、電話してみた。
翔は、久しぶりに翔太と話すことから、緊張していた。何を話せばいいのか、会いに行きたいの言葉だけですぐに電話切るのもなぁ・・・なんて考え、お互いの近況を伝え合って、今週の土曜日に翔が翔太の住んでいる場所まで行くこととなった。
─土曜日─
俺は、朝早く起きて、始発電車に急いで乗り込む。日頃の疲れなのか、未だに頭がスッキリしない。遠くの地方へと向かう電車だけあって、車内の人影はまばらで席にゆったり座れた。
─ゆったりと流れる夜明け前の街の景色。
この街は数年でずいぶんと変わってしまった。昔遊んだ公園、閉店間際に焦りながら文房具を買った文房具屋・・・もう無いのだ。
小高いアスレチックから展望できた、周りの景色とかは今では思い出せない。
ガタンゴトン─単調に繰り返すレールの響き。外はまだまだ暗い。街灯がまだ街を照らしていた。
翔太の住む場所へはまだ遠い。あと数時間は乗っていなければならない。
俺は、だんだん眠くなり、単調なレールの音を聞きながら寝入ってしまった。
─親友だよな、俺達─
俺が唯一、翔太に言えなかった言葉。「親友」─たったその一言だけだった。翔太とは、1年から同じクラスであった。というか、もともと3年間ずっと同じクラスだった。嫌なヤツと3年間一緒になるのは、気が滅入ったが翔太と3年間共に過ごせるなら、これは代償だ、と開き直っていた。
初めの方は、翔太はただの友達の一人に過ぎなかった。でも、過ごしていくうちに友達ではない、コイツは親友だ、と思うようになってきた。時にはお互い張り合ったり、疎遠になったりしたけど、最後はやっぱり仲直りで、喧嘩をして1人だった時、あぁやっぱりアイツがいないと俺ダメだなぁ・・・なんて思った。翔太はどうなのか知らないが、俺達が力を合わせれば何でもこなせる自信はあった。
─目覚め─
俺は「ガガガガガ・・・」という激しい揺れに目を覚ました。どうやら、レールのポイント上を電車が通過したようだ。辺りは、いつの間にか夕暮れになっていて、車内に夕陽の光が鋭く差し込んでいる。どのくらいの時間眠っていたのだろうか。
車窓を見ると、一面田圃だった。その遥か向こうに夕陽が沈んでいくのが見えた。
今、どの駅を通過して、次の駅は何だろうか。俺はいつ放送するか分からないアナウンスを待っていた。
再び単調なレールの音が響く車内で、ふと他の乗客の会話を聞いた。
─親友を待つ─
ずっと数時間前から、翔を待っている。どのくらいの人々とすれ違っただろうか。改札口には夕陽の光が差し込んでいる。今日は、アイツは来るはずなのに。ドタキャンなのか??連絡ぐらい入れてもいいだろう・・・でもアイツ約束は破ったりしないはずだけどなぁ。
時間を確認しようと、電光掲示板を見た。
「…線は、線路内事故のため、大幅な遅れが出ています。ご迷惑をおかけして申し訳ありません…」
あぁ・・・きっと翔はあの路線を使って来ている途中なのか。どう待っても来ないわけだ。ちょっと腹減ってきたし、しばらく電車来ないみたいだからラーメン屋で食べるかな。
─最後の約束─
3年間の終わりである、卒業式。俺は最後の約束を、翔太にした。いつでも連絡を取れるようにすることと、また会いに行くことを。涙は決して見せなかったが、名残惜しかった。俺の宝物は、その時に約束の証として交換した、学ランのバッチである。
─もうすぐ─
ラーメン屋で、翔太は驚くべきことを聞いてしまった。
びっくりして、どうしようか動揺している時に、尻ポケットに入れておいたケータイが鳴った。
「あ、もしもし翔太?俺だけどさ、もうすぐつくから。遅れてすまないな」
「あぁ、そっちは大丈夫なの!?」
「え??ふふ、別に問題なんてないよ、始発からずっと乗ってるんだよ疲れちゃったよ~。あ、もう2駅だわ、また後で連絡するわ」
「・・あぁ、良かった良かった。じゃぁ、改札口で待ってるからさ」
「おう、じゃぁな」
電話を切った。翔太は周りに気づかれないように、心の中で安心した。
─再会─
翔は、やっと翔太が待っている駅に到着した。この駅に降りたのは、自分一人だけだった。階段を上がっていくと改札がある。そこに翔太はいた。
「おー!!翔元気か!?」
「よお!!久しぶりだな翔太!!」
お互い、すごく久しぶりなので照れ笑いを隠しきれなかった。
その後、2人は翔太の家に行った。日帰りというわけにはいかないので、1日泊まっていく予定である。夕陽は完全に沈んで、もう暗かった。
翔太の家は、アパートだった。中に入り、テレビを付けて、途中で買ってきたチューハイを飲む。話は絶えない。
その時、テレビの画面が切り替わって、ニュース速報になった。
「…昼頃に発生した列車衝突事故により、列車に乗っていた乗客およそ1000人が死亡した模様です。現在、身元確認を急いでいます…」
─なぜ─
俺はかなり驚いた。いや、なぜ自分が今こうして翔太と一緒にいるのか、分からなくて逆に怖かった。俺は・・・事故列車に乗っていたのだ・・・それなのに、なぜ今生きてる・・・翔太は、俺が見る以前から、俺を見ていた。まるで幽霊を見るかのような目つきで。
「・・・おい、翔太・・・俺・・」
「分かってる。多分、お前は死んだんだ。見てみろ、この電車の大破した姿。どう考えても・・・」
「だよ・・・なぁ・・・」
「実はさ、さっきテレビの速報で聞いちゃったんだよ、翔が乗っていた路線の電車が衝突して大惨事になってたことを・・・」
「なぜ俺は・・」
「もちろん、俺はびっくりしてる。でも、翔に会えただけ嬉しい。何も考えるな」
そう言われたが、死んだはずなのに、はずなのにどうして、今ここにいるんだ。ちゃんと、手に握られた冷たいチューハイの感覚もあるのに。
─死んだ、はずだった─
上空から映し出される列車の大破した映像。ものすごい有様だった。
全両にわたって、大破していた。人々がブルーシートを被せたものを運んでいく。
暗闇の中に照らし出された光景は、あまりにもひどかった。
─なぁ、翔太─
「なぁ、翔太」
俺は、混乱する気持ちを抑えて、翔太にそう話しかけた。
「なんだ?」
「俺が最後にした約束覚えてるか?」
「あぁ・・・覚えてるよ。ありがとな」
「え?」
思わず、俺はそう言った。
「だからさ、約束を果たしに来てくれてさ・・・」
翔太の俯いた頬から流れる涙。
「あぁ・・・だって俺らさー・・」
「親友、だからだよな」
「え?あぁ・・まぁ・・・」
俺がいつか言おうとしていた言葉。今、翔太に言われた。
「俺ら、親友だよな」
翔太が、ポツリとそう言った。
「あぁ。俺らずっと親友だぜ」
何年間も言えなかった、たった一言の言葉。今、やっと言えた。
俺は死んだ。もう、翔太に別れを言って、帰るべき場所に・・・
「なぁ翔。俺ら、ずっと親友だからな」
「そうだ」
こらえていた涙が溢れる。
─後悔─
俺はなぜ死ななければならなかったのか
あの時、別の日にすれば
寝坊していれば
乗り間違えていれば
別の路線使っていれば
・ ・・もう終わってしまったことだ。最後に翔太に会えただけ、嬉しかったから。
俺の存在は、いつ消えるのだろう。もう時間は少ないのかもしれない。
─大切なもの─
「なぁ翔、これ持ってるか?」
そう言って、翔太は引き出しから取り出した。
それは、卒業の日に交換し合った学ランのバッチだ。
「あぁ、持ってるぜ。」
「あの頃はホント、懐かしいよなぁ」
いつ消えるか分からない俺。翔太と朝方まで語り合った。
─別れ─
昨日は2人とも寝てないのに、まったく眠くなかった。
翔太は、翔を駅のホームで見送る予定なのだ。電車がゆっくり進入してくる。
─もう会えない─
俺は、これから帰ろうとしている翔を見送る。
「じゃあな翔太!!」
「おう!またいつか出会えるよな」
「あたりめーだろ。元気でな」
電車を待つ客は、みなこっちを不思議な目で見ている。そりゃぁそうだ。
ドアは静かに閉まり、翔が窓越しに照れ笑いしている。その目には涙が見えた。
俺も、目頭が熱くなるのを感じた。
電車は、そのまま発車したかと思うと、そのままスーっと跡形も無く消えてしまった。
俺は、そのまま俯いて、肩を震わせ歯を食いしばって泣いた。
握り締めていたのは、翔が電車に乗る前にくれた切符だった。
この夏の大切な再会。翔の思いが時を越えて、親友の俺へ会いにきた。
もう会えることはないけど、俺はこれからを強く生きる、そう誓った。朝靄の漂う静かな駅のホームで。
──この作品を、親友でありたい翔太、康成、涼介、米ちゃん、やっつん、千瑛に送る。
最後まで読んでくれて、ありがとうございました。また、書こうかなぁ~なんてね(笑)
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